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死ぬ前にクリームパン

俺には90のじいさんがいる。
先月癌で入院し、闘病中だったが昨日あることを言われた

「死ぬ前に…クリームパンが食べたい…」

俺はすぐにコンビニへ走り、クリームパンを買って戻ってきた。
それをじいさんに食べさせると、一口食べたとたんに死んでしまった。
何よりも安らかな顔だった。

「死ぬ前に食べれて幸せだろう…」と思い、かじりかけのクリームパンを見てみると、
クリームにとどいていなかった
 

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@病院

「じい」と「若」

俺の近所に住んでた爺さんの話。

一人暮らしだった爺さんは子供好きで、ちっちゃい頃の俺もよく遊んでもらってた。
ある時、爺さんの家で見た暴れん坊将軍(だったと思う)の1シーンで老中と主役が「じい」「若」と呼び合うのを二人で真似して

俺「じい!今日も遊びに来たぞ。」
爺「若、よくぞいらっしゃいました。」

なんて呼び合って遊んでいた。
そんな関係は俺が他県の大学に進学するまで延々と続いていた。

卒業後に実家に戻ってきたらなんと「じい」が脳卒中やって入院中だという。
さっそく見舞いに行ってみたら「じい」はたくさんの管に繋がれてベッドに横たわっていた。
看護士の話では外界からの刺激にはなんの反応も示さない状態だと言う。
俺は「じい」に呼びかけてみた。

「じい、俺だぞ。覚えてるか?」

ダメもとのつもりだった。
・・・が、次の瞬間、閉じられていた「じい」の目がカッと見開きそして今まで昏睡してたとは思えないようなハッキリとした声で喋った。

「若、ご立派になられましたな。」
 
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いじめっこに復讐と不思議な女の子

434 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日: 2001/07/02(月) 01:39

誓ってネタではないけど、一応オカルトっぽいイジメの体験を。
長いのでメモ帖に書き終わってから貼り付けます。

俺は小学校2年のころ、親の仕事の都合で転向した時イジメられました。
クラス一のチビだったし、女っぽい風貌だったことも理由だったんだろうな。
唯一俺を救ってくれた友達が一人いたんだけど、そいつは別のクラスな上に家庭環境に問題がある上に乱暴なヤツで(でもイジメはしないヤツだった)思い起こせば近所の鼻つまみものだった。
封鎖的な土地柄だったんでね。

でも俺も俺の親も気にせず付き合ってたよ。
その町に引越ししてきた時に親切にしてくれたのがその一家だったんでね。

ところでイジメに関しては肉体的な暴力で(プロレス技の実験台とかの類)腕力があるヤツが止めに入るととりあえずは止まるんだよね。
でも「お前アイツにチクったやろ?」と言われまたすぐ再開。
もう15年ほど前の話なので今ほど深刻なイジメじゃなかったはずだけど当事者にすると地獄の毎日でした。

今では記憶がオボロなんだけど、そのころ同じ年頃の女の子と友達になったんだよね。
多分同じ学校の子じゃなかったと思う。
おさげ髪に七五三の時に着るような着物をいつも着てた印象があるんだけど不思議とその当時は違和感が無かった。
いつもニコニコしながら俺の話を聞いてくれたっけ。

唯一の友達に聞いても「誰やそれ?」って言うだけだし、そもそも友達と遊んでいる時には不思議とその女の子はハチ合わせしない。
でも当時は不思議とも思わなかった。


435 名前: 434 投稿日: 2001/07/02(月) 01:40

その子と知り合ってから、唯一の友達がいない日は毎日の様に学校帰りの公園で遊びました。
楽しかったんだけど、学校帰りに会うものだから「今日イジメっ子にこんなことをされた」なんて愚痴ることも多かった訳よ。

最初の内は心配そうに「大丈夫?痛かった?」なんて聞いてくれたその子がある日
「男でしょ?いつまでもメソメソしてるの?」と言ったのね。
その子に愛想をつかされた気がして、その日は帰宅して泣きじゃくりました。

その翌日からしばらくその子は俺の前に現われませんでした。
それから5日ほど経った日に今までの中で一番キツいイジメに遭いました。
休憩時間に小便中、何人かに体を押さえつけられプロレス技をかけられ、そのまま個室に閉じ込められたのよ。
上から汚れた雑巾を投げられたりホースで水を撒かれたりしてね。
チャイムが鳴っても怖くて個室から出られなかった。
イジメっ子たちは既に教室に帰っていたのにね。

俺がいないので担任の先生が「T(俺の名字)はどこや?」とクラスのヤツに聞いたら「あいつならトイレじゃないの~?」って笑いながら言ったやつらの言葉をもとにトイレに駆けつけるまで、俺はとっくに開いている個室の中で泣きじゃくり座り込むだけだった。


436 名前: 434 投稿日: 2001/07/02(月) 01:42

先生に抱きかかえる様に教室に戻り自分の席に着こうとすると、近くの席のイジメっ子の一人と目があった。
ヤツは半笑いで「長いウンコやったな、○○子ちゃん」と俺の名前を女の子の様に呼びました。

その時、今まで溜まりに溜まったモノがはじけた様な気がしました。
同時にあの女の子の言葉を思い出したのね。
気が付いたら飛び掛って、素手でそいつの顔面を殴ってました。
「謝るまで殴りつづけるからな」とか言いながら。

そいつはあっけにとられたのか反撃出来ず、やられるまま。
他のイジメっ子は最初そいつを助けようとしたけど、キレている俺と目が合うと、視線をそらしたので、俺は今度はそいつに飛び掛りました。

不思議なことに先生は殆ど止めに入らなかった。
多分トイレの一件で俺がイジメられたことを理解したせいかな。
結局俺が3人のイジメっ子を殴り、2人が泣きながら俺に謝ったタイミングで
「もうええやろ。(イジメっ子に向って)お前らもしょうもないイジメなんか2度とすんなよ」
と言って仲裁に入るまで。

それからはイジメがなくなったよ。
イジメっ子たちは俺と目を合わせなかったけど、クラスに友達も出来たからどうでも良かったし。

後日談だけど、その女の子のこと。
しばらくしてその子と一回だけ遊んだ記憶があるんです。

俺がイジメっ子を殴った武勇伝を話そうとする前に、その子は全てのことを知っていたの如く「この前はえらかったね。」と言いました。
「何で知ってるの?」って聞くと、その子は何も言わずに微笑み「もうお別れだね。」って答えました。
それだけの記憶です。

そして本当にその日からその子と会うことはありませんでした。
もっともその当時の俺は新しく出来た友達なんかと遊ぶことの楽しさを覚え始めていた時だったのであまり気にも止めませんでした。


437 名前: 434 投稿日: 2001/07/02(月) 01:44

この話を思い出したのは、今年の春に参列した親戚の葬式の時、母から聞いた話からです。
俺には生きていれば1歳上の姉がいたという話。
姉は両親の初子だったんだけど、運悪く流産してしまったそうです。
そういえば、小さいころに供養に連れてかれたことがあったけど当時は流産の意味さえよくわからなかったので、最近まで忘れていました。

そして推測でしか無いけど、あの当時俺を慰めたり叱ってくれた女の子は死んだ姉だったような気がするのです。
わずかに記憶に残っている女の子の輪郭の一部からなんとなくだけどね。
イジメにあっている弟が立ち直るまで見守ってくれたのかな。

母に「そういえば・・・」って感じで葬式の時このことを話したら「多分そうどろうね」と同意してくれました。
今年の盆休みには久し振りに姉の墓参りに向かうつもりです。

長文、乱文スマソ
 
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母の炊き込みご飯

俺は小学生の頃に母の作った炊き込みご飯が大好物だった。
特にそれを口に出して言った事は無かったけど母は判っていて
誕生日や何かの記念日には我が家の夕食は必ず炊き込みご飯だった。

高校生位になるとさすがに「又かよっ!」と思う様になっていたのだが
家を離れるようになっても、たまに実家に帰ると待っていたのは母の
「炊き込みご飯作ったよ。沢山食べなさい」の言葉だった・・・

会社に電話が来て慌てて向かった病室には既に近くの親戚が集まっていた。
モルヒネを打たれ意識の無い母の手を握り締めると母の口が動いた。
何かを俺に言いたそうだった。母の口元に耳を近づけると

「炊きこ・・・たよ。たくさ・・・・さい」と消え入りそうな声で言っていた。
それが最後の言葉だった。

「ママの作ったスパゲッティー大好き!」
口の周りを赤くしてスパゲッティーを食べる娘とそれを幸せそうな目で見つめる妻を見る度に母の炊き込みご飯が食べたくなる。
 
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君がいるから

御歳84になるおじいちゃんが言いました。

「僕はね、昔、まあ今もだけど。運動も勉学もロクにできなかった」
「友達もいないし。顔も悪い。いつもひとりぼっち」
「だから、死のうと思ったことがある」
「でも、死んでしまったら僕の葬式代がかかるだろう」
「役立たずの僕のためにそんな無駄なお金を使ってほしくなかったんだ」
「そこで僕は考えた。これ以上迷惑をかけないように今は死なないでおこう」
「生きて生きて、僕が死んで迷惑になる人たち皆死んでから、死のう。と」
「どこかの海か崖にでも身を投げて・・・ね」
「でもね、気付いたんだ。僕には両親がいる。兄弟がいる」
「兄弟はやがて結婚して子供を持った」
「僕も運良く結婚できて子供をもてた」
「僕が生きている以上、つながりが消えることはないんだ・・・ってね」
「そして、僕は僕の大事な妻のため、子供の為に今まで生きてきた」
「その、僕の大事な子供の子供が、君です」
「ありがとう、君がいるから僕は生きています」

病院で自傷による出血多量の手当てのため入院していた、僕に向かって。

それからしばらくして。おじいちゃんは死にました。
葬式の会場で

「すまないねえ」

というおじいちゃんの声を、身内の者のほとんどが聞いたそうです。
僕も、聞きました。

もうすぐ月命日です。思い出したのでなんとなく。
 
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自分の命を捧げてまで

906:Mr.名無しさん:04/09/21 16:06:37

もし、貴方の命で死の床に伏した母を救えるとしたら、どうしますか?

と聞いてきた友達がいたんだがどうだろうか?
自分の命を捧げてまで母を助けられるのだろうか?


908:Mr.名無しさん:04/09/21 16:20:53

>>906
たった今リアルにカーチャンに聞いたところ
「どの世界に子供の命を引き換えに長生きしたいなんて母親がいる?」
と真正面から顔を見てハッキリ言われた。鳥肌が立った。
 
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天国に持って行きたいものは?

さっきテレビでやってたんだけど、
「天国に持って行きたいものは?」
という質問に「花束」と答えてたおじさん。

その理由が「奥さんに久しぶりに会うから」素敵だと思った。
 
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おばあちゃんの弁当

まだ私が小さい頃、父と母がすでに他界していたためおばあちゃんが私と兄を育ててくれていたのですが、遠足などある時はいつもおばあちゃんの手作りお弁当を持って行きました。

でも当時おばあちゃんが作るお弁当はおにぎり2こだったので、同級生の子達のかわいらしいたくさんおかずが入っているお弁当がうらやましかったんです。
お弁当箱もキティーちゃんとかマイメロディーなどのかわいいお弁当箱なのに、私は銀紙で包んだおにぎり2つだったので、おばあちゃんに対して

「こんな変なお弁当つくらないでよ」
「はずかしいからやだ」

とはき捨てたり、せっかく作ってくれてもわざと持っていかなかったり。
そんな酷い孫に対して、おばあちゃんは決して叱ったりしませんでした。

そんなある日、1度かわいいスヌーピーのお弁当箱にハンバーグや玉子焼きが入ったお弁当を作ってくれました。
おばあちゃんなりに他の子達はどんなお弁当を作ってもらっているのか一生懸命考えて作ってくれたのです。

おばあちゃんは、

「ごめんね、かわいいお弁当っておばあちゃんの時代なかったからわからなかったのよ・・・これなら恥ずかしくないかねぇ」

としわしわのとても暖かな手でお弁当を手渡してくれました。

今思い出すだけで、私はおばあちゃんになんて酷い言葉を吐いていたんだろう、なんて最低な子供だったんだろうと涙が出てきます。
おばあちゃんのおにぎりだって、本当はとってもとってもおいしかったのに、「おいしかったよ」の一言も言わなかった。
本当にこんな酷い孫でごめんねおばあちゃん。

今私は結婚し、子供にも恵まれました。
おばあちゃんに曾孫を抱かしてあげる事ができ、幸せそうなおばあちゃんの優しい笑顔を見るとこれがあの頃の恩返しになれば私も幸せに思います。
うちの子はおばあちゃんの作るおにぎりが大好物なんですよ。もちろん私もです。
ありがとうおばあちゃん。ずっとずっと長生きして下さい。

大好きです。
 
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苦痛に耐えながら死んだ祖父

三年前死んだ祖父は末期になっても、一切治療を拒み医者や看護婦が顔を歪めるほどの苦痛に耐えながら死んだ。
体中癌が転移し、せめて痛みを和らげる治療(非延命)をと、息子(父)や娘たち(伯母)が懇願しても絶対に首を縦に振らなかった。

葬式の後、親しかったご近所の将棋仲間が家族に宛てた祖父の手紙を渡してくれた。
祖父が生前用意していた物だそうだ。
手紙の中には自分が家族を悲しませ、苦しませるのを承知で苦しみながら死んだ理由が書かれていた。

20年近く前、孫の一人が生存率20%を切る難病で闘病していたとき、祖父は神様に誓ったのだそうだ。
自分は今後どんな病気や怪我になろうとも、絶対に医者にもかからないし薬も飲まない。
だから孫を助けてくれと願を掛けたのだそうだ。

幸いその孫は無事手術も成功し、成長して成人もした。
孫の成長を見届けること画できたのだからもう思い残すことはない。
あとは神様との約束を果たすだけだ。
だから家族は悲しまないで欲しい。
自分は満足して一生を終えるのだから。

そう綴られていた。

孫は当時一歳にもならない赤ん坊で、病気だったことも覚えていない。
祖父は自分の決意を貫いて一生を終えた。

その孫である兄は葬儀でわんわん泣いていた。
もちろん、兄弟もみな泣いた。

うまく書けないのが悔しいなあ。
本当に祖父はすごい人だったんだよ。
 
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ウナギ嫌いの親父

俺の親父はウナギが嫌いだった

お袋が小さい時に死んで、男手一つで俺と妹を大学までやってくれた。
親父は食べないが、土用丑の日には決まってウナギ屋に連れていってくれ、俺と妹にとっては一年で一番の贅沢だった

先日親父が亡くなり、葬儀で叔父さんから聞いた。
親父は本当はウナギが大好きだったと。
嫌いということにして、余裕がない中、俺達にだけは何とかウナギを食わしてくれてたんだと。

一度も食わしてやれなかったが、親父にウナギを食わしてやったらさぞかしうまそうに食べたんだろうな…
何で食わしてやらなかったんだろう…
 
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